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すべてを思い出したあの日から、もうすぐ1年が経とうとしている。
ハジンは、また同じ場所に立っていた。
あのデパートのあの場所に、新しい店舗がオープンするのだ。
1年前はイベントのために出向で来ていたけれど、それが好評だったらしく、新店舗のオープンにこぎつけることができた。
ハジンは、その店舗へ異動になり、一週間後に迫るオープンに向けて準備を進めるために同じ場所に立っていた。
1年前のことを思い出し、また胸が苦しくなる。1年という期間は、短かったのか長かったのか…。
分からないが、あの人を想わない日はなかった。
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「終わったー。ハジン、そっちは?」
「ん、こっちももうすぐ終わる」
納品された商品を段ボールから一つひとつ取り出し検品し、ようやくその作業が終わろうとしていた。
「あー、疲れた」
一足先に検品が終わった同期入社のソヒョンが、伸びをしてから首をまわす。
「これが終わったら帰っていいって言ってたわよね?」
「そうね」
ハジンは腕時計をチラリと見る。時計はもうすぐ19時をさそうとしていた。
「ソヒョン、先に帰って」
「もう終わるんでしょ?だったら待ってる」
と、言いつつも手持ちぶさたになったソヒョンは、鼻歌を歌いながら窓の外を眺めて右へ行ったり左へ行ったり。
ハジンは、そんな様子を見て軽く微笑む。
すると突然、ソヒョンが、あっ、と声をあげた。
「忘れてた!」
「どうしたの?」
「これ、本社に届けるように言われてたんだった」
そう言って、ソヒョンは売り場のカウンター横に積まれている段ボールを指差す。
「それ何なの?」
「本社に送られるはずだったサンプルの商品が手違いでこっちに届いちゃったみたい。それで、店長に本社に届けるよう言われてたの」
ハジンたちがいる店舗から本社は近く、10分ほど歩いた先にある。
ソヒョンがハジンをじっと見つめる。無言のお願いだ。
ハジンは、ソヒョンの可愛いお願いを断ることもできず、呆れて笑ってから、
「分かった分かった。私も行くわよ」
と答えた。
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更衣室で私服に着替え、ハジンとソヒョンはエレベーターに乗り込んだ。
「あと6日、裏方の地味な仕事ばかりね」
ソヒョンは、耐えられない、とぼやく。
確かに、モデルのようにスラッと背が高く、華やかな顔立ちのソヒョンは、お客様と接することが大好きなので、オープンするまでのこの準備期間は少し辛いかもしれない、とハジンは苦笑する。
「私は、こういう作業も嫌いじゃないわ。無事オープンできたら、まずそこで達成感あるじゃない」
ハジンがそう言うと、ソヒョンは、信じられない、と少し大袈裟に肩を竦(すく)める。
そんなソヒョンを見て、ハジンはまた苦笑した。
本社に着くと、出入り口の目の前に黒い大きな車が横付けされていた。
いかにもな高級車を横目で見ながら、どんな人がこんな車に乗るんだろうか、とハジンが考えていると、
「新しい社長の車かな…?」
ソヒョンが呟く。
「新しい社長?」
「そう。先月、社長が代わったじゃない。今の会長の息子さんだって」
「そうなの?」
ハジンは、自身が勤める会社の社長が代わっていたことに驚いた。
「先月、店長が朝礼で言ってたじゃない」
ソヒョンに呆れたように言われ、ハジンは、そう言われてみれば、と思い返す。
どれだけ上の人に興味がないのかと少し反省もした。
「でも、私たちタイミング悪かったかもね」
「なぜ?」
「その息子、会長とは違って経営には厳しいらしいから。売り上げが良くないと、すぐにお店を撤退させてクビにするって噂」
社長という雲の上のような、いつ会うかどうかも分からない人の話は、やはり現実味がなく、ハジンは、力なく、ふ~んと返事することしかできなかった。
ソヒョンは、そんなハジンに気づいているのかいないのか、
「だから、私たちも頑張らないと」
と続けた。
「そうね」
確かに噂が本当なら、ソヒョンの言うとおり頑張らなければ――。
そんなことを思いつつ、本社へ入り受付へ向かった。
受付で用件を伝えると、対応した女性が、確認する、と内線に電話をかける。
手持ち無沙汰になったハジンは、ロビーを見回した。
本社には、研修のときや資格試験を受けるときなど、今まで4度来たことがある。いつ来ても、大きくて広いロビーや何十階にも高くそびえ立つビルには慣れない。
普段、店舗で働いていると、この大きな会社の社員だということを忘れてしまうのだ。
「確認が取れました。お預かりします」
「あ、はい」
受付の女性に荷物を預け、帰ろうと出入り口の方へ足を進めた瞬間、ピリッとした空気を感じた。
なぜそう感じるんだろう、と周りを見渡すと従業員が皆頭を下げていた。
え、と驚く暇もなく、隣にいたソヒョンが、
「社長よ!」
と、目の前から歩いてきた人物を小さく指差しつつ、頭を下げる。それを見て、ハジンもつられて慌てて頭を下げた。
目の前を、何人かの男の人たちが通りすぎて行くのが分かる。
社長は、どんな人なんだろうか…?
腰を曲げ礼はしつつも、興味本位で少しだけ顔を上げてチラッと見てみる。
おそらく、一番先頭を歩いている人が社長のはずだ。
そう思い、視線を前方へ向ける。
――――え…。
瞬間、時が止まったような気がした。
心臓も呼吸も止まったような気がした。
頭の中が痺れるような、白く溶け落ちるような――気がした。
夢でもいいから、一目でもいいから会いたいと思い続けた人がそこにいた。
後ろから見える横顔は、はっきりと見えるわけではない。けれど、その顔はあの人そのものだった。
切れ長の瞳も、綺麗に通った鼻筋も、肉感的な唇も。
見間違えるはずがない。
どうして――。
なぜ――。
「――っ」
溢れでる涙を我慢しようとしても、無理だった。
だって、この1年あの人を想わなかった日はなかったのだから。
気づいたら、走り出していた。
行かないで――。
ハジンは、出入り口に横付けされた車に乗ろうとしている彼の腕を勢いよく掴んだ。
そのせいで少しよろめいた彼と、視線が合った。
やはり目の前の彼は、あの人そのものだ。
何度も何度も、繰り返し夢にみたあの人が、今目の前にいる。
そう思うと、また涙が溢れだした。
「誰だ」
ハジンが声をかけるよりも先に、想像よりも遥かに冷たい声が頭上からふりかかった。
「――…え?」
「何をする」
そう言うと、彼は掴まれている手を振り払い、ハジンを睨みつけた。
「誰だと聞いてる」
鋭い眼差しで見られ、ハジンは動けなくなった。
ソ皇子様、私です。分からないのですか?ヘ・スです。
心の中では問いかけられても、口にすることはできなかった。
目の前の彼は、何も応えないハジンにイラついた様子で軽く舌打ちしたが、それ以上は何も言わず、さっさと車に乗り込んでしまった。
「あっ、」
車に近づこうとしたハジンをSPらしき男の人が軽く制止し、その間に車は発進した。
ハジンは、その車を見えなくなるまで見つめているしかなかった。
あの人、じゃない…?
あんなに似てるのに……?
ハジンは、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「ハジン!」
後ろから名前を呼ばれ、ハジンはようやく我に返る。
振り返ると、ソヒョンが驚いた顔をして立っていた。
「どうしたの?急に走り出すからビックリしたじゃない」
「えっ、と……」
どう説明しようか悩んでいると、
「社長と知り合いなの?」
と、ソヒョンが続けた。
「知り合い…に、凄く似てて…。そうかと思ったけど、違ったみたい」
ははは、と乾いた笑いをしてみれば、ソヒョンは、びっくりさせないでよ、と胸を撫で下ろしていた。
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