麗~after story~ ②

 

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新店舗オープン準備も順調に終わり、残すは明日のオープンを待つだけとなった。

 

「やっと退屈な時間が終わったわね」

ハジンの隣を歩くソヒョンは、精々した、と大きなため息をつく。

 

明日のオープンを控え、今日は早めに帰宅していた。

 

途中でソヒョンと別れ、バス停に着いたところで、バスが来るまでの間スマホでも操作しようかと鞄の中を探すが、見当たらない。

帰りがけ、ソヒョンに急かされ慌てていたからお店のどこかに落としてしまったのかもしれない、と店舗へきびすを返す。

 

店舗へ戻る途中、ハジンは一週間前のことを思い出していた。

 

あれから一介の店舗社員が社長に会えるはずもなく、結局、会ったのはあの一度きり。

 

あの時は絶対にあの人だと思い、同じように時を越え会いに来てくれたのではないか、会ったら絶対に分かってくれるのではないか、そう勝手に思い込んで突っ走ってしまった。

 

似ている、や、他人の空似レベルじゃない。何度考えてもやはり、彼はあの人なのだという考えに行きついてしまう。

あの人の生まれ変わりなのではないか、という考えが巡ってしまう。

 

だが、結局、どれだけ考えても答えは出せないままでいた。

 

エレベーターが8階に着き、店舗へ向かうと電気がついていることに気がついた。

消し忘れたのかと、足早に向かうと人の気配を感じた。

 

誰か、いる…?

 

ハジンがそっと近づいてみると、そこにいたのは一週間前に会った彼だった。

心臓がどきりと音をたてたのが分かる。

 

なぜ彼がいるのだろうか。

会いたくないわけではないけれど、先日のことがあったので会ったところで気まずい。

 

このまま帰ってしまおうか。

 

そう思ったとき、気配に気づいたのか、彼がこちらに目を向けた。

「君は――」

「お、お疲れ様です。……社長」

とっさに頭を下げた。

「ここのスタッフだったのか」

「はい…」

ゆっくり頭を上げたとき、彼の右手にスマホが握られているのが目に入った。ハジンのスマホだ。

 

「どうした?忘れ物か?」

「はい…」

遠慮ぎみに、彼が持っているスマホを指差すと、彼は、あぁ、これか、とハジンにスマホを渡す。

「あ、りがとうございます…」

ハジンは、受け取りながら頭を軽く下げた。

そして、今しかないと、そのまま

「先日は、失礼しました」

 と続けた。

「あぁ。気にしていない」

彼は、それだけ言うと、売り場をゆっくりと歩き始めた。

本当に気にしていないのか、彼の表情からは読みとることができなかった。

 

売り場を歩き見てまわる彼の後ろを、ハジンは、なんとなくついていく。

 

「いい売り場だな」

「えっ。あ、ありがとうございます」

ハジンは、慌てて礼をする。

「お客様の目線に合わせて商品が置かれているし、動線も考えて配置されてる」

ハジンはもう一度、ありがとうございます、と頭を下げた。

 

彼と会ってから、頭を下げてばかりだ。

 

こんな姿をあの人が見たら、笑われるかもしれない。

いつものように、少し意地悪そうに口角を少しだけあげて。

あの人に会ったばかりの頃は、衝突してばかりだった…。

 

思い返して、ハジンは少し口元が緩み、尚も売り場を見てまわる彼に目を向けた。

 

彼を見ると、やはり、あの人を思い出して胸が苦しくなる。

もちろん、彼の顔に傷はない。

でも、顔も、声も、背格好も、すべてがこんなにもあの人と同じなのに――。

彼に触れたい衝動を抑えるのがやっとだった。

 

「なぜそんな目で見る」

「え」

立ち止まり、振り返った彼と目が合った。

「この間も、同じような目で見ていた。なぜだ」

 

どんな目で見ていたんだろう。

彼があの人に重なって、愛しい人に向ける目だったかもしれない。

ハジンは、慌てて視線を外した。

「すみません。………知っている方に、とても似ていたものですから…」

「それは…、好きな人か?」

「………………」

ハジンは答えることができなかった。

 

すると、彼は咳払いをして気まずそうに、失礼、と短く謝罪した。

そして、そんな気まずさを隠すように、

「明日は早いから、もう帰った方がいい」

と彼は言い、店舗の電気を消した。

 

「お疲れ様でした」

「あぁ、お疲れ様」

挨拶をして、お互い逆方向へ足を進める。

 

ふと、ハジンが足を止め、振り返って彼に声をかけた。

「あのっ」

呼ばれた彼も立ち止まり、振り返る。

「あの、名前………お名前を聞いてもいいですか?」

聞いた後で、社長の名前を知らないなんて失礼だったか、と後悔したが、

「君は?人に聞く前に先に名乗るのが礼儀だろう?」

彼はそう言って口角を少しだけあげて笑った。

「――私は、コ・ハジンです」

ハジンが名乗ると、彼はまた少し口角をあげてから、ワン・ソヌだと教えてくれた。

 

笑い方まで、あの人にそっくりだった彼の名を、ハジンは忘れないように心の中で何度も何度も繰り返した。

 

 

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