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新店舗オープンから10日ほど経ち、オープンの賑わいも落ち着いた頃、ソヌが秘書と一緒に店舗へやって来た。
「お疲れ様」
ソヌは、満遍なく店員に声をかけていく。
「お疲れ様です」
ハジンも頭を下げて挨拶をする。ソヌは軽く頷くと、その横を通り店舗の奥へと入っていった。
その様子を見ていたソヒョンは、
「やっぱり格好いいわね」
と、目を細めて同意を求めてきた。
ハジンは、困ったように笑って頷くことしかできなかった。
30分ほどして店長と一緒に奥から出てきたソヌは、オープンのお祝いに皆で食事をしよう、と言い、閉店後にスタッフ皆でご飯を食べに行くことになった。
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食事会は、Barの一室を貸し切ったところで行われた。
「オープン前の準備から、今日までお疲れ様でした。そして、これからも皆さんよろしくお願いします」
ソヌの挨拶が終わると、皆一斉に乾杯をしてお酒を口に運ぶ。
ハジンも、目の前のショットグラスに入った焼酎を一気に飲み干した。
ハジンの右斜め前に座っているソヌは、隣に座っている後輩社員と笑顔で話していた。
初めて会った時の声や表情が冷たかったので誰にでもそうなのかと思っていたが、あの笑顔を見る限りそういう訳ではないようだ。
もっとも、あの時はハジンが失礼なことをしたのだから、冷たい態度をとられても仕方ないのだけれど。
お酒も進み、いい感じにできあがり始めた頃、ソヌの隣に座っていた後輩が突然、はい、と手を上げた。
「社長、今日は無礼講ですよね?社長に質問いいですか?」
ソヌは笑顔で頷いた。
「いいですよ。何でも聞いてください」
じゃあ、と後輩は軽く咳払いをし、意を決したように聞く。
「社長は、付き合ってる方はいらっしゃるんですか?」
周りの女性社員が、一斉にソヌに注目する。
聞かれたソヌは、一瞬答えを躊躇したような気がしたが、すぐに
「さぁ?どうでしょう?それは皆さんの想像にお任せします」
と笑顔でかわした。
その答えを聞いた女性たちは次々に、いないわけない、と口にする。
ハジンは、その様子を横目で見ながら、お酒をぐいっと飲み干した。
今日は、なんだか飲みたい気分だ。
「気持ち悪っ…」
お手洗いに続く廊下で、ハジンは壁にもたれかかっていた。
完全に飲み過ぎた。頭が痛い。
もたれかかった壁が冷たく気持ち良くて、少しだけ、とその場にしゃがみこんでいると、
「大丈夫か?」
頭上から声をかけられた。
ハジンが見上げると、そこにはソヌが立っていた。
言葉とは裏腹に、あまり心配している様子はなく、明らかに義務感から声をかけてきたのが見てとれて、ハジンは思わず、ふふっ、と笑ってしまった。
義務感だけなら、無視してくれた方がいい…。
「大丈夫です」
早く立ち去ってほしくて、ハジンはなるべく平静を装って嘘をつく。
「とても大丈夫そうに見えないが…」
「大丈夫です」
強がりなハジンの言葉にソヌは大きなため息をつくと、ハジンを立ち上がらせるために腕を掴んだ。
「放して」
そう言ったハジンの言葉には耳をかさず、尚も腕を掴んだままのソヌに、
「放してってば!」
ハジンは、声を荒げて手を振り払った。
そんなハジンを見て、ソヌは、また大きなため息をついた。
呆れているのかもしれない。
子供のように、ただ、駄々をこねているように見えているのかもしれない。
そう思うと、頭に血がのぼってつい口が開いた。
「覚えてないくせに――」
「――え」
「私のこと、覚えてないなら無視してください。目の前に現れないで…」
ハジンは、服をぎゅっと握りしめ胸を叩く。
「あなたを見てると、私はここが苦しくなるの」
ソヌに言ったところで、どうしようもないことなのに。
戸惑っているソヌを見ても、一度堰(せき)を切った想いは、もう止められなかった。
「ここが、…凄く痛いの。あなたのその目も鼻も唇も声も、何もかもがあの人そのものなのに…。私っ…、…私は――」
ハジンの瞳から涙がこぼれた。ハジンは、溢れ出る涙を慌てて手で拭う。
「なぜ、私の前に現れたの?どうして、また――」
ハジンは唇を噛み締めた。
ソヌにまた泣き顔を見られてしまった。
ソヌは、そんなハジンを見て一瞬怯んだが、再び立ち上がらせようと両肩を掴んだ。
「とりあえず、立とう」
屈んだソヌとハジンの視線が交わる。
目線の先に入ったソヌの綺麗な顔を見て、ハジンは微笑んだ。
手を伸ばしてソヌの顔にそっと触れる。
ソヌは、息をのんだ。
「――傷…」
「え」
「傷、…ないんですね。良かった。悩まずに済みますね。傷のせいで、暗い人生なんて悔しいから」
そう言うと、ハジンはそのまま意識を手放した。
慌ててハジンを抱きとめたソヌは、
「コ・ハジンさん!」
と声をかけたが、よく見てみると眠っているだけだと分かり、ホッとする。
ハジンの顔を見ると、涙の跡が頬に残っており、ソヌの胸はいつまでもざわついていた。
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