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あの簪を、なぜソヌが持っているのか。
なぜ、あの人と瓜二つのソヌが現れたのか。
何度考えても、偶然とは思えなかった。
疑問を解決するには、ソヌに近づくしかない。
ハジンはそう考えたが、もちろん、そう簡単に社長に会えるわけがない。
どうしたものかと考えながら仕事をしていたのがいけなかったか、ハジンはミスをしてしまい、客からクレームが入った。
客が予約していた商品を他の客の商品と間違える、という新入社員でもやらないような初歩的な失敗だった。
ハジンの対応だけでは納得いかず、店長を出せ、という客の要望通り店長が出てきて対応していた。
人の目もあるため、一旦奥の部屋へ客を案内し、ハジンは引き続き店頭対応するように、と言って店長も奥の部屋へ入っていった。
大丈夫だろうか、お客様の怒りは収まるのだろうか、自分も一緒に謝罪した方が良いのではないか。
ハジンの頭の中には色々な考えが巡り、接客に集中できずにいた。
奥の部屋が気になって仕方なかった。
「どうした?」
突然、背後から声をかけられたハジンは驚き、振り向いて声の主を確認する。
「…社長」
「どうしたんだ?」
ハジンの様子を不審に思ったソヌが怪訝そうに聞いてくる。だが、ハジンが答えるよりも先に奥の部屋から、「バカにしてるの!?」という甲高い怒鳴り声が聞こえてきた。
ハジンが気まずそうにしていると、ソヌはすぐに状況を察したのか、奥の部屋へ足を進めた。
ハジンが、慌ててソヌの腕を掴む。
「あの、私も――」
「いいから」
言葉を遮りハジンの手を離すと、ソヌはそのまま奥の部屋へ入っていった。
20分ほどして、客、ソヌ、店長の順で店頭へ出てきた。
とても機嫌が良さそうな客を見て、ハジンはホッと胸を撫で下ろす。
目の前を客が通り、ハジンは頭を下げた。
客は、ハジンを一瞥するだけで何も言わず、ソヌと一言二言会話してから帰っていった。
ハジンはソヌに声をかけようとしたが、客が帰るとソヌは店長に挨拶をして早々にお店を後にしてしまった。
お礼を言いたかったのに…。
ハジンが肩を落としていると、ソヒョンが、気にしない気にしない、と背中を軽く叩いて慰めてくれた。
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本社の社員専用の地下駐車場へ行くと、そこには見覚えのある車があった。
ソヌと初めて会った日に見た、あの黒い車。
まだ、ソヌはいる。
そう確信したハジンは、車の近くの縁石に腰をおろした。
深い息を吐いて腕時計をチラリと見る。時計の針は22時を過ぎていた。
こんな時間まで働いているんだ…。
あの人も、いつも皇帝のために夜遅くまで走り回っていた。
ハジンが、ふっと笑みをこぼしたとき駐車場に足音が響いた。
足音が聞こえてきた方に目をやると、ソヌがこちらに向かって歩いてきていた。
ハジンは、勢い良く立ち上がる。
ソヌは、ハジンに気づくと一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつものかたい表情に戻る。
「お疲れ様です…」
「あぁ。何か用か?」
「はい。…あの、先程はありがとうございました」
「別に礼を言われることじゃない。あれが私の仕事だ」
ハジンの気のせいなのか。ソヌは、ハジンと目を合わせないようにしている気がした。
「それでも、助けていただいたのは事実ですから。ありがとうございました」
「次からは気をつけて」
ソヌは腕時計を見ながら、
「――もう遅い。送っていくから乗って」
と、顎で車を指した。
「え」
ハジンは一瞬躊躇したが、ソヌはもう一度、乗って、と今度は少し語気を強め、秘書にドアを開けるよう促(うなが)す。
ハジンは、それを見てソヌの言葉に甘えることにし、車に乗り込んだ。
車の中では特に会話することもなかった。
ハジンは、何度か話しかけようともしたが、ソヌは書類に目を通していて、とても声をかけられるような雰囲気ではなかった。
何か気に触るようなことをしたんだろうか?
ハジンは、考えれば考えるほど、これまでの自身のソヌに対する行いを思い出して、気に触るようなことしかしていない、と落ち込んだ。
ソヌが怒るのも無理はない。
家に着くまでの20分ほどの時間が、とても長く感じた。
家の近くで車を停め、ソヌの秘書が運転席から降りてハジン側のドアを開ける。
ハジンは軽く会釈し、礼を言って車を降りた。
車の中をチラッと覗いたが、ソヌは尚もハジンの方を見ようとしない。
そんなソヌを見て、ハジンは意を決してソヌ側の方へ回り込んで窓をコンコンと叩いた。
窓が少しだけ下がって開く。
「送っていただいて、ありがとうございました」
「あぁ」
「あの、……お礼をさせてください」
「気にしなくていい」
ソヌはまっすぐ前を見据えたまま、仕事だと言っただろ、と続ける。
「今日だけのことじゃなくて。社長には、迷惑ばかりかけてしまって…」
「気にしなくていい」
先程と同じように、ソヌは語気を強めてもう一度言った。
ソヌにこちらを見てほしい。
どうにかして、こちらを向いてほしい。
「私が、したいんです。――社長のことが、気になるから」
絞り出した言葉に、ソヌは動揺した様子でハジンを見つめた。
ようやくソヌと目が合った。
「やっと見た」
ハジンが笑うと、ソヌは、すぐにまた目をそらした。
「………からかうな。まだ私を君の好きな人だと思っているのか」
「とにかく。私がしたいからするんです。社長は、ただ受けとるだけでいいんです」
ハジンが得意気に笑うと、ややあって、勝手にしろ、という言葉を残しソヌは帰っていった。
ハジンは、見えなくなるまで、その車をただ見送っていた。
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