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博物館前の交差点で、入り口近くに立つソヌが目に入った。
彼が放つ独特な佇まいは際立っており、遠くからでもよく分かる。
いつものスーツではなくラフな格好のソヌに、ハジンの心は、より一層高鳴り、無難なワンピースを選んだことを少しだけ後悔した。
その時、ソヌがハジンに気が付き、軽く微笑んだ。
ハジンの胸はまた高鳴り、そのせいか、うまく微笑み返せたかどうか分からなかった。
ハジンは、青信号に変わった交差点を小走りで渡った。
「おはようございます。待ちました?」
「私も今着たところだ。行こうか」
先を促すソヌの後ろを、ハジンは2、3歩遅れてゆっくりと歩き出した。
高麗文物展には、高麗の時代にあったとされる美術品や書物、民画などが展示されていた。
――ここには、あの人の歴史が刻まれている。
――あの人に会える。
そう思うと、ハジンの足はすくみ、体が震えた。
そんな体を押さえつけるように、両手をぎゅっと強く握り締めた。
「どうした?大丈夫か?」
ソヌの声で我に返ったハジンは、心配そうに顔を覗き込むソヌに慌てて返事をする。
「あ、はい。大丈夫です」
ハジンは奥歯を噛み、目を閉じてから軽く深呼吸した。
――大丈夫。大丈夫。
そう自分に言い聞かせ、静かに一歩を踏み出した。
ハジンは、展示物一つひとつにゆっくり丁寧に目を通し、それらを心に刻んでいた。
隣を歩くソヌもそんなハジンについて特に何も言わずにペースを合わせ、目の前の展示物と説明書きを交互にじっくりと眺めていた。
そして、1年前に高麗時代のことを思い出すきっかけとなった、風俗画が展示されているブースにたどり着いた。
遠ざけていた過去が、鮮明に甦る。
ペガ皇子様と呑みあかした日々も。
ウン皇子様とケンカした日々も。
ジョン皇子様と過ごした最期の時間(とき)も。
ウク皇子様に恋した日々も。
――ソ皇子様を愛した日々も…。
遠い過去のようでもあり、つい最近の出来事のことのようでもあるその思い出を、なぜ今まで遠ざけることができたのだろうか。
辛い思い出もたくさんあったけれど、こんなにも大事で大切で、愛しい時間を過ごした日々だったのに…。
ハジンは、瞳から溢れ落ちそうになる涙を周囲に気づかれないよう、そっと手で拭った。
ふと気がつくと、先ほどまで隣にいたソヌがいなかった。
ハジンは周囲を見回しソヌを探す。
すると、ソヌは一つの風俗画の前に立ち、じっと見つめていた。
ハジンはそっと近づき、静かに声をかけた。
「社長…?」
ソヌの反応はなく、変わらず目の前の風俗画を見つめていた。
――聞こえていないのだろうか?
そう思い、もう一度声をかけようとしたとき、ハジンはソヌが見ている風俗画に気づき、息をのんだ。
ソヌが見ていたのは、1年前にハジンも見た、あの人の肖像画だった。
皇子としてではなく、王になり光宗(クァンジョン)として、凛と真っ直ぐに前を見据えているあの肖像画。
この風俗画を、ソヌはなぜこんなにも見つめているのだろうか。
なぜこんなにも、ハジンの胸はざわつくのだろうか。
まさか、ソヌと何か関係があるんだろうか。
まさか――。
瞬間、ソヌの足元がよろめいた。
「社長っ!」
ハジンは咄嗟に手を伸ばしソヌの腕を掴んだが、支えきれず、ハジンも2、3歩ふらついた。
「大丈夫ですか?」
「…あ、あぁ…」
ソヌは、大丈夫だ、と続けたが、その顔は顔面蒼白で、とても大丈夫そうには見えない。
「とりあえず、ここを出ましょう」
ハジンはソヌを支えながら、急いで博物館の出口へ向かった。
博物館を出て、とりあえず、どこか座れそうな場所はないかと辺りを見回す。
しかし、そんな場所も見当たらず、仕方なく目の前にある街路樹の縁石へとソヌを座らせた。
「社長、本当に大丈夫ですか?」
「あぁ…」
そう返事はあったものの、顔色は良くなく、やはり大丈夫そうには見えない。
「何か飲み物買ってきますね」
ハジンが、近くのコンビニへ向かおうとしたとき、
「ソヌオッパ!」
背後から、ソヌを呼ぶ声が聞こえた。
声のした方を振り向くと、そこには驚きの人物が立っていた。
彼女はハジンには目もくれず、一目散にソヌへ駆け寄ると、即座に腕を絡めた。
「やっと見つけた」
「ヨナ…どうして?」
ソヌにヨナと呼ばれた彼女は、間違いなく、あのヨナだった。
陛下の皇女であり、ウク皇子様の妹であり、あの人の妻だった――あのヨナだ。
(続きます)
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